新緑の大普賢岳山麓トレッキング 2003年 5月25日

和佐又ヒュッテから大普賢岳にかけての森は大木が折り重なり、新緑と紅葉の時期が見事だ。
昨年は5月11日に周遊コースを歩いてみたが、まだ石楠花には早かった。今年は例年通りの開花のようだが、山頂を踏むとなると時間的に制約が出来てゆっくりと撮影することができない。石楠花の花は他の山仲間に任せることにして、今日はこてつさんと山頂は目指さず森を堪能することにした。
のんびりと木々の緑を愛でながらのトレッキングは気持ち良さそうだなぁ〜。
コースマップ コース断面図
撮影に没頭した結果のコースタイム
8:00和佐又ヒュッテ→8:50和佐又のコル→9:50笙ノ窟手前→10:30和佐又のコル→11:55底無し井戸手前→12:40和佐又のコル→1:00和佐又ヒュッテ


※黒フチ画像をクリックするとちょっと大きめの画像が出ます。

ヒュッテ前でテントを張る
こてつさん達が同じ24日に大普賢岳に登ると言う話を聞いて、その晩にキャンプをご一緒することになった。僕は夜に到着し、遅い晩御飯を調理して食す。こてつさんは24日に山頂ピストンの予定だったが、あいPの希望により周遊コースを歩いたらしい。
実は僕も周遊したいと思っていたが二日連続での周遊はこてつさんには面白くないだろう。山頂を目指さず周辺の森をのんびりと散策することにした。それなら時間的に慌てることも無い。目覚めた時間に歩き出せばいいさ。

足元には小さな花の群生 見上げれば葉の緑が美しい
午前8時テントを後にし、和佐又のコルに向け歩き始める。
気温は平年に比べ、かなり低く、立ち止まると長袖シャツでも寒く感じる。お天気もちょっと怪しい。日本岳、小普賢岳は少し霞んで見えるが、大普賢岳は雲に隠れて見えなかった。
しかし緑が美しい時期だ。足元を見ると小さな花の群生が目を惹き、見上げると吸い込まれそうな緑の世界。
和佐又のコル 緑が広がる
ようやく和佐又のコルに到着したのは9時頃だった。通常の登山なら20分の距離だ。のんびりダラダラでいいねぇ〜♪
コルは淡い緑一色に包まれ、心地よい風が吹きぬけていた。大普賢岳周遊をしたことのある方なら、分かっていただけるだろう、この場所の安堵感はたまらない。もしも許されるならここでテントを張って一夜を過ごしたいものだ。
足元のユキザサ 真っ白なギンリョウソウ

緑に包まれた緩やかな登りの足元にはいろいろな小さな花を見かける。この時期にはユキザサやギンリョウソウが笹に隠れるようにひっそりと咲いている。
15cmまでのローアングル対応三脚を持ってきたが、それでも見下ろしたフレーミングになってしまう。開放でもシャッター速度が1/4秒以上に長くなるので手ブレは逃れられない。こういう小さな花の撮影にはビーンバッグが良さそうだ。
赤い木肌が印象的 しっとりとした雰囲気
この辺りは樹皮が剥がれやすいヒメシャラなどの赤い木肌が目立つ。赤い幹に巻き付くツタの緑が鮮烈に目に飛び込んでくる。少し小雨が降り始めたような木々の葉のざわめきを聞く。
光は鈍く森を照らし、しっとりとした良い雰囲気に包まれた。
そして開放でのシャッタースピードは1秒を超え、もう三脚なしでは撮影できなくなった。顔見知りのブナの巨木がいつもと変わらぬ姿でいた。

苔生すブナの大木 苔の中に新たな生命が宿る 巨木の魂を感じる
ひさびさだね・・と挨拶して撮影させていただく。とても元気そうな姿を見て嬉しくなった。
苔に包まれた幹は数本のブナの大木が集合しているようだ。真下に立つと上が見えないくらいの太い幹。14mmでもその姿全体を捕えることは不可能だ。
この樹はいったいどれだけの時代をこの森の中で見つめてきたのだろう・・壮大な森の歴史を感じる堂々とした美しい姿だ。
緑一色の大地 遥か昔に転がってきた岩も
しかし、何も大木ばかりが堂々としているわけではない。細く若い木々もそれぞれに懸命に生きようと緑を萌やし自己主張する。素晴らしい初夏の樹木の謳歌だ。

沢が近くなったようで小鳥達のさえずりに混じって遠くに水音が聞こえる。沢の音というのは、聞いているだけで心が安らぐ。体の中に流れる血液と同じく、人の心の中にも常に美しい沢が流れているのだろうか。

根元には小さな植物が 緑は人に安らぎを与える
撮影していると、ファインダーでは見えにくいくらいに暗くなってきた。それだけ緑が深いのだ。もうこうなったらフレーミングは心任せだ。瞼の奥に目の前の林の姿を思い浮かべてシャッターを切り、絞って3秒前後のスローシャッターでじっくりと森の緑を焼き付ける。

大木の恩恵を蒙ろうと、小さな生命が宿り、一本一本の木々の根元では立派なコロニーを形成する。持ちつ持たれつ見事な森の生態系。
しかし、少しのバランス変化で崩れてしまう儚い自然の芸術なのだ。人が触ってはいけない、立ち入ってはいけない聖なる領域と言っても過言ではないだろう。
自然風景を撮影するということは、本当に素晴らしい趣味だ。自然にある全てのものに敬意を持ち、愛情を注ぎ、その見事な光景を撮らせていただく。謙虚な気持ちで森を歩き、その光景を後世に残したいと思う。
人に無償の安らぎを与えつづける木々がこれから見つめるであろう時代が、木々にとって悲しいものでないように・・僕の撮った風景写真がその少しの手伝いをできればいいな。

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